2024/06/08
「ぐぅぇぇ…」
という声が聞こえて、俺は気が狂ったように振り向いた。
俺の部屋の窓枠に、外からしわくちゃの手、長い爪がしがみついてたんだ。そしてぼさぼさの白髪と、膜がかかったような目がだんだん見えてきた。
昼間は半分しか見えなかった顔が、ゆっくりと、全部現れてきた。土気色のしわくちゃ顔に、線を引いたような薄い唇だけが真っ赤だった。
俺が動けなくて凝視していると、婆さんが突然ヒラリというか、ふわっというか、急に窓枠の上に上がって来たんだ。
そこで俺は弾かれたように立ち上がって、なんか叫びながら、転げるようにして部屋から出た。
俺の叫び声を聞いて、ゲストハウスの台湾人たちが部屋から飛び出してきた。王さんもすっ飛んで来て、
「どうしました?どうしました?」
と聞いてくる。
俺は腰が抜けて廊下にへたり込み、部屋を指差して
「ば、ば、婆さん、窓、窓」
としか言えなかった。
王さんらが俺の部屋へ入っていったが、すぐに出て来て、
「何もないですよ。一体どうしたんですか?」
他の台湾人に水をもらって、人に囲まれた俺はちょっと落ち着き、昼間のボロ屋の話から始めた。
王さんの顔がこわばる。
王さんが中国語でみんなに話すと、みんな
「アイヤ…」
と首を振った。
「…だから、1人で工場の外へ出るなと言ったでしょう!」
王さんも、首を振り振り言った。
そうだ。肩の傷はどうなった?と思いめくってみると、赤いスジだけだった傷は膨れ上がり、熱を持ったようになっていた。ずきずきと痛みも感じ始めた。
王さん達はその傷を見て、もっと深刻な顔になっていき、なんやらワアワア話し始めた。何人かは携帯を出してきて、あちこちに電話し始めた。
婆さんも怖かったが、台湾人達の緊迫した様子を見て、俺はたいへんな事態なんだと、もっと怖くなった。
その晩は王さんの言葉にしたがって、王さんの部屋で王さんともう1人の台湾人と寝ることになった。
俺はもう怖いのと、肩が痛いのと、疲れたのでベッドでぐったりしていたが、王さんともう1人の台湾人は、なにやらヒソヒソと、ずっと話し込んでいた。
翌日朝早く、ゲストハウス前に迎えの車が来た。この工場に元々いるという幹部職員が乗っていて、王さんともう1人の台湾人と一緒に、俺も車に乗って出かけることになった。
「日曜なのに王さん、みなさんにすまない。でも、昨日のあれは何なの?これからどこへ行くの?」
と王さんに聞いた。
王さんは一瞬怖い顔をしたが、すぐにっこり笑って
「だいじょうぶです。これから解決に行くのです。」
としか言ってくれなかった。