2024/06/08
車で小1時間ほど走っただろうか。よく似た田舎の風景、よく似た農家らしき1軒の家で車は止まった。
門内の中庭に中年の女性が待っており、土間の部屋には盲目らしい婆さまが座っていた。
部屋はうす暗く、大きなロウソクが焚かれ、線香か何かの匂いで咳き込みそうになった。
拝み屋さんか?と思いながら、うながされて婆さまの前へ行き座った。
俺が近づくと、婆さまは思いっきり顔をしかめて何やら言った。工場幹部や王さん、中年女性が何か言う。
しばらく話が続いたが、俺は言葉もわからないし、王さんも何も聞いてこないのでずっと黙っていた。
婆さまは紙と筆を用意させ、ブツブツつぶやきながら、紙にしゃらしゃらと絵文字のようなものを書き、拝むような仕草を何度もした。
この時は誰も何も話さず、俺は異界に迷い込んだようでますます怖くなった。
次に婆さまは皿に紙を置いて、ロウソクで火をつけて燃やし、またブツブツ言った。
王さんが俺に、シャツをめくって肩を見せるように小声で指示した。婆さまは俺の傷が見えるのか?ブツブツつぶやきながら、灰を傷に塗りつけた。
俺は痛くて思わず
「ウッ!」
と言ってしまったのだが、王さんに手でけんせいされた。
何度か灰を塗りつけた後、中年女性がおわんに水のようなものを入れて持ってきた。婆さまは、灰をつまんでおわんに入れてブツブツ言うと、俺の前に差し出した。
俺が王さんを見ると、王さんは黙ってうなずいたので、俺は恐る恐る飲んでみた。灰がちょっと苦かったが、普通の水だったように思う。
合計3枚の紙に何やら書かれ、同じ行動を繰り返した。
婆さんが大きな声で叫んだ(かなりビックリした)あと、王さんが
「終わりました」
と、口を開いた。中年女性が、絵文字を書いた紙を俺にくれた。
王さんが
「いつもそれを持っていてください」
と言った。
帰りの車では、誰も何も言わなかった。ただ、それから3日ほど、王さんの部屋で寝るように言われた。
その後も王さんは何も言ってくれないし、俺も聞く気になれなかった。俺は心底怖かった。
異国の地で異形の婆さんを見て、拝み屋へ連れて行ってもらい、護符のようなものまで持たされたんだ。
ビビリと思われるだろうが、しばらく1人になるのが怖かった。窓の方も見られなかった。
翌日からの仕事中も上着の胸ポケットに護符を入れ、風呂に入る時は護符を洗面台の上に、寝る時は枕もとのテーブルに広げておいた。傷の腫れはすぐひいて、3日目くらいにはスジも薄れてきた。
次の土曜日、同じメンバーであの婆さまの所へ連れて行かれた。
婆さまは今回顔もしかめず、1回きり紙にしゃらしゃらと何かを書いて灰にし、水に溶かして俺に飲ませ、両手でパンパンと俺の肩を叩くようにして、大声でなんか言った。
王さんが
「もうだいじょうぶです。もう怖くありません。よかったですね」
と、笑って言った。
俺が持たされていた護符も、皿の上で焼かれた。
帰って来て、王さんの部屋で2人になった時、俺はあの婆さんはなんだったのか聞く勇気が出てきた…