2024/06/08
「何かは、私もほんとうに知らないです。でも悲しいこと、不思議なこと、怖い噂はどこにでもあります。」
「私達がここへ来た時、1人で空家へ近づいてはいけないと工場の人に言われました。ここの人達はみんな、1人では絶対に通りません。
でも以前1人、一緒に来た台湾の仲間が1人で行ってあなたと同じように、とても怖い目に遭いました。だから、あなたにも絶対ダメですと言いました。
あなたに、正直にこの怖い話をすればよかったですね」
とだけ、王さんは話してくれた。
あと、
「最初あなたが近づいた時、あの婆さまは『タヒ臭がする』と言って、嫌な顔をしたのですよ」
とも。
「でも、もうだいじょうぶです。」
他は、笑っていっさい教えてくれなかった。
その1人で行った台湾人はどうしたのか、その時はどんなだったのか、それも王さんは言ってくれなかったし、俺もそれ以上は怖くて聞けなかった。
その後何も起こらず、俺もみんなもその件に関して何も言わず、残り1週間、契約通りの仕事をして日本へ帰ってきた。
帰り際、王さんや台湾人、工場の人達に何度も礼を言った。みんな、気にするなみたいな感じでポンポンと肩を叩いてくれ、握手で別れた。
日本でも、また他国での出張時にも、何も起こらずこうしている。
でも今でも、拝み屋の室内の雰囲気と、強烈な線香の匂いは忘れられないし、窓を見ると、あの婆さんの顔と、ふわっと窓枠に上がった姿を思い出してゾッとしたりする。